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労働讃歌

今度リリースされるニューシングル「労働讃歌」のPVが公開された。
それを受けて、いま賛否両論が巻き起こっている。

自分自身は、"賛"なのか、"否"なのか、ずーっと考えていたのだが、正直どちらともいえない。
「ももクロファン」だからといって、制作サイドが提供する楽曲に、無条件で、なんでもイイネ!(*^ー゚)b とするわけではない。

その辺のところ、みんなはどう思っているんだろうと、TwitterでのつぶやきをTogetterで、まとめてみたりもした。「ももいろクローバーZの「労働讃歌」に対する感想」
(ちなみに、赤文字が否定的な意味合い、青文字が肯定的な意味合い、で着色。)
どちらの意見にも頷ける部分がある。で、まとめてみたところで、結局自分としては、どちらなのか改めて考えてみたのだが、正直わからない。

この、"違和感"、"モヤモヤ"は、なんなのか・・・




【モヤモヤの正体】
これまで、アルバムも含めてリリースしてきた楽曲のニュアンスとは、明らかに異なる。はちゃめちゃな曲(良い意味で)が、たくさんありながら、いづれも、ももクロらしさが感じとれる仕上がりとなっている。今回の「労働讃歌」は、どうであろうか。たしかにアイドルらしくない楽曲という意味では、ももクロらしい。アイドルらしくない衣装、振り付けという意味でも、ももクロらしい。では、この違和感は、何なのか。

そう。主語と述語の関係が、ももクロらしくない、のである。

労働をテーマに作られた楽曲であるがゆえに、というか、曲名が「労働讃歌」であるがゆえに、当然歌詞の内容も、労働を讃えるものとなっている。「働こう♪働こう♪」である。
「ももいろクローバーZ」のメンバーは、全員学生ではあるが、芸能人でもあるので、当然働いている。だから、「働こう」の主語が、彼女たちであっても不思議はないのだが、歌詞の内容からすると、「働こう」と唱えるのは聴いている側、つまり働く人たちへの応援歌だ。
これまでの楽曲では、歌の内容が、少なからず彼女たち自身とリンクしたものになっている。歌の主人公がたとえ「僕」であっても、彼女達を連想させ、さらにそこから自分自身を彼女達に投影することによって得られるある種の感動に似た共感が沸き起こる。

「労働讃歌」では、そういう共感が一切ない。

もし、今回の歌の、主語と述語の関係が、彼女達を連想させるもの、つまり"働こう"と唱えるのが、歌の主人公自身であり、「がんばって働くぜー!」的なものであったなら、そういうのもあったかもしれない。ただし、「ももいろクローバーZ」は芸能人であるし、働いているのは間違いないのだが、"働く"ということから、彼女達を連想し難い。実際、学生の身であるというのもあるのだが、"労働"というあまりにも現実を直視したテーマであるがゆえに、「週末ヒロイン」でも何でもなくなってしまうからだ。

作詞を依頼された大槻ケンヂ氏は、制作サイドとのやりとりの中で、当初作成したものをかなり修正することになったようだ。最初どのようなものであったのか興味をそそられるところではあるが、今それを言っても仕方がない。
大槻ケンヂ 連載エッセイ「オーケンの、このエッセイは手書きです!」




【もう一つの違和感】
これまでの楽曲では、たとえ彼女達自身が作詞作曲したものでなくとも、たとえZ伝説のような企画的なものであったとしても、彼女達自身が楽しんでいるというか、やらされている感を、感じなかった。今回の「労働讃歌」でも変な衣装を着ながらも楽しんで全力でパフォーマンスを繰り広げることが予想されるが、「働こう!働こう!」という言葉が、彼女達の本心からくるものなのか?と、たとえ応援歌であると分かっていながらも生じてしまう疑問。やらされている、とまでは言わないが、そこに制作サイドの、"アイドルっぽくない"を意識するあまりの今度はこんな感じでいきます的な大人の影が見え隠れしてしまう。




【ももクロでないと成立しないか】
これまでの楽曲は、ももクロが歌ってこそ成立するものであったように思う。自己紹介ソング的なものが多かったのもあるが、そうではない楽曲でも、他のアイドルグループが歌っても成り立たないというか、替えが利かないというか。では「労働讃歌」は、ももクロでないと成立しないか。たしかに、こんな歌を他のアイドルグループが歌うのはあまり想像できない。そういう意味では、ももクロらしいのではあるが、果たしてももクロでないと成立しないのか。
ももクロのファンであれば、彼女たちが路上から始め、車で全国を周ったり、学生でありながらも週末や休みの日に数々のライブをこなしてきたことを知っている。そういった苦労をしているはずなのに、彼女達の持ち前のキャラクターもあって全くスレておらず、天真爛漫な魅力で溢れている。
そんな彼女達だからこそ、"労働"という重いテーマで「働こう!働こう!」と歌っても成立すると言えなくもないが、皮肉に受け止め、苦笑いしか出てこないという結果にもなりかねない。ももクロでないと成立しないのか、に対するこういった矛盾をはらんでいる点での違和感。




「労働讃歌」は、楽曲、PVも含め衣装や振り付け、もももクロらしい部分が随所に表れているのに、ここまで賛否両論分かれてしまうのは、こういった違和感から来ているのではないだろうか。かつて、ある音楽ライターの人が、こんなことを言っていた。

“こうであってほしい”という願望をまったく回収しないで四次元で回答してく感じ。むしろ意外な答えばかり出てくるから、ずっと翻弄され続けてしまうんですよね。それが楽しいのかもなあ。

その通りではあるが、それには上記の違和感があると楽しめなくなってしまう可能性が出てくる。"賛"だけを求めて無難な楽曲だけをリリースされるよりも、"賛"も"否"もある、無難じゃない楽曲で勝負してくるのは、とても喜ばしいことかなとも思う。「Z伝説」以降、急速に知名度を上げ、人気も広がり、紅白出場が決まる直前である。次にリリースする楽曲はとても重要であるのは誰もが分かっている。そんな中、あえてぶつけてきたとも思える「労働讃歌」。制作サイドは、賛否両論が起こることが分かっていたのではないか。YouTubeだけでなくニコニコ動画へも公式に公開しコメントを求めている。Zで強烈に印象付けられた戦隊イメージを、払拭しようとしているのかもしれない。彼女たち自身への試練となる楽曲を与えたのかもしれない。

予想を裏切るのは簡単。“予想は裏切り、期待は裏切らない”ももいろクローバーZであり続けて欲しい、と思わずにいられない。

ここまで書いておいてアレだけど、今回の「労働讃歌」は、11月23日にリリースすることが先に決まっていて、「勤労感謝の日だから、じゃあ労働を讃える歌で行こうか♪」的なノリで、別にそこまで深く考えていないのではないか、と薄々思っていたりもするのは内緒の話である。


あ、"賛"か"否"かと問われれば、基本的には"賛"だけど、この違和感があるうちは、"否"も含んだ"賛"なのかなと。ライブでイメージが変わることも多々あるので、彼女たちのパフォーマンスでこんな違和感なんて吹っ飛んでしまうことを期待したい。\(^o^)/

2011-11-02-Wed [ 記事URL ] カテゴリ:[ 雑記 ] page top
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