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ももいろクローバーZ

もうさんざんあちこちで語られている「なぜ、ももいろクローバーZにハマるのか」というテーマについて、ふと思うところがあったのでメモ代わりに記載しておこうかと。

結論から言うと「ももクロ=ドキュメンタリー」だからなのではないか、と。「ドキュメンタリー」をググってみると、「実在の出来事を、虚飾を交えることなく記録・再構成した、映像・写真・文章。フィクションの反意語ともいえる。」とある。
ももクロはアイドルなのに、今までアイドルに興味がなかった人もハマってしまうのは、いろんな要素はあるけれど、やっぱりこの「ガチ」感、「ドキュメンタリー」性が強いからなのではないか。

他のアイドルと比較するのはあまり好きじゃないので名前を出すのはアレだが、そういう意味ではAKB48もある意味ガチである。…が、上記の言葉を引用するなら「虚飾」の部分が見え隠れする。アイドル=偶像とも訳されるように、虚飾があって当然なのだが、それをどう受け止めるか。アイドル嫌いの人は、この偶像的な部分を受け入れることができないからなのかもしれない。例えば、口パクであったり、かわいいだけの歌や踊りであったり、偶像の象徴ともいえる水着グラビアであったり。

ドキュメンタリーという部分では、たしかにどんなアイドルであっても実在する人間であり、必死で頑張っているだろうし実在の出来事であるのは間違いないのだが、そういう部分は普通表立ってメディアに公開されたりはしない。一部のアイドルではそういう一面も見せているだろうが、ももクロほどあからさまなアイドルはいない。一番いい例が「早見あかりのメンバーへの脱退報告」だろう。そして上記のような映像に加えてネット上には、過去のいろんなももクロの歴史ともいえる映像が残っている。路上で練習している風景、昔のライブ模様などなど。テレ朝動画で配信されている「ももクロChan」の存在も大きい。

「ももクロ」=「幻想生成装置」と例えている記事を何かの雑誌で見た。とてもうまい表現で過去の映像(リアルタイムでなくてもいい)を記憶しつつ、例えば「あの空へ向かって」や「オレンジノート」などを聴くと、過去の映像がよみがえって、実際その場にある出来事にプラスアルファされて、つまり幻想が生成されて感動に昇華される。

ドキュメンタリーは言い換えるなら物語でもある。フィクションされていない物語。小説でもそうだが、フィクションだから面白くないというわけではない。が、虚飾が当たり前であるアイドルにおいて、ドキュメンタリーな部分を消すことなくいやむしろ前面に押し出して物語としての「ももいろクローバー」を見せられたらハマるのは至極当然のことのように思う。プロレス的なノリは、その物語性を形作る要素に過ぎない。


と、まとめると、ももクロは「ドキュメンタリー」であり「物語」であるからハマってしまう、と結論づけるのも何かしっくりこない。結構核心の部分を突いているとは思うが、過去の映像など全く知らない状態で、ももクロを見て(聴いて)ハマってしまう人もいるからだ。やはりそこには、ももクロメンバーの笑顔であったり、純粋な感情表現であったり、彼女たちから溢れてくる魅力に無意識のうちに気づいてしまうからではないだろうか。

2012-07-15-Sun [ 記事URL ] カテゴリ:[ 雑記 ] page top
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